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「ヘイル・シーザー!」大映画時代を蘇らせてから見事に台無しにするコーエン兄弟の新作はスクリーンでみるべし

Adobeの Adobe Creative Cloud 動画オーサリングツールの新機能の記者発表にてコーエン兄弟の新作「ヘイル・シーザー!」の上映会が行われ、招待をうけて参加してきました。ぜひ映画ファンに見てもらいたい佳作なので筋のネタバレなしで紹介したいと思います。

コーエン兄弟といえばアメリカでは最近テレビドラマにもされている名作「ファーゴ」に、ネット上でも言及されることが多いカルト的な人気を誇る「ビッグ・リボウスキ」など、スリルとコメディの境界線上を踊る映画で知られています。

今回の「ヘイル・シーザー!」の舞台は大映画時代に陰りがみえてきた1950年代。テレビが広まり始め、ジョセフ・マッカーシーによる赤狩りと東西冷戦と核戦争の危機という緊張がアメリカの繁栄に不吉さをもたらしていた時代です。

主人公はMGMをほうふつとさせる映画会社キャピタル・ピクチャーズでスターたちの私生活の管理から、映画が宗教指導者たちの逆鱗に触れないように根回しを行う「フィクサー」、エディー・マニックス(ジョシュ・ブローリン)。

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銀幕のスターたちの虚像を覆い隠すために昼も夜もなく暗躍する彼の目下最大の関心事は、古代ローマを舞台にし、名優ベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)を主役に抜擢した超大作、「ヘイル・シーザー!」の製作です。

しかしその撮影中に、当の主役が誘拐されて消えてしまうという珍事が発生し、事態は裏表がありすぎる若手女優のディアナ・モラン(スカーレット・ヨハンソン)、カウボーイ役者からメロドラマへの転向を強いられて戸惑う青年俳優ボビー・ドイル(アルデン・エーレンライク)、いがみあいながらスクープを狙ってところかまわず鼻を突っ込む双子のコラムニスト(ティルダ・スウィントン)、タップダンスで魅了するミュージカルスターのバート・ガーニー(チャニング・テイタム)らを巻き込んでろくでもないきりもみを始めます。だめだこいつら、早く何とかしないと、というわけです。

誘拐と恐喝というモチーフはもちろんコーエン兄弟が繰り返し描いてきたものです。人間がその真実のすがたをさらけだすための仕掛けと言っていいでしょう。

車輪の「軸」が誘拐によって抜かれたことでドラマが勝手に転がり出し、登場人物たちの虚飾がユーモアたっぷりに暴かれていきます。

ぜんぜん無垢ではない女優、実は大根役者の俳優、秘密を隠した脚本家たち、身勝手なのに実は臆病者の名優などというように、せっかくここまで完璧に大映画時代をスクリーンに再現したのに全部台無し!という具合にはなやかな世界の実像が暴かれていきます。

主人公エディー・マニックスの奮闘が、いろいろな意味で涙を誘います(笑)。

映画についての映画

なんといってもこの映画の魅力は「映画についての映画」である点です。筋にかかわらない部分でいくつか知っておくとさらに楽しめるディテールを紹介したいと思います(こうしたことも含めてすべて劇場で知りたいという人は以降飛ばしましょう)。

たとえば主人公、エディー・マニックスは実在の人物で、1920年代から1960年代までMGMで「何でも屋」として知られていました。実際にスキャンダルのもみ消しが仕事の一部で、グレタ・ガルボのレズビアン疑惑、クラーク・ゲーブルの女性遍歴、ジョーン・クロフォードの初期のキャリアなどといったうわさ話が、かれの睨みの下で消えていきました。

映画では家庭的な人物として描かれているエディー・マニングですが、実際は警察の汚職、あるいは妻や妻の愛人だったスーパーマンの俳優ジョージ・リーヴス(その後スーパーマンを演じたクリストファー・リーブとは綴りが違い無関係です)の死にも関わっていたのではないかといわれるあやしげな人物です。

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作中劇の「ヘイル・シーザー」の副題は “The tale of Christ” になっていますが、これはもちろん大セットや舞台が共通している「ベン・ハー」の副題ですし、ベン・ハーの名シーンが劇中劇でもパロディ化して描かれています。

そうなると、ジョージ・クルーニー演じるベアード・ウィットロックはチャールトン・ヘストンというわけで、見た目も往年のかれに寄せてあります。それで作中であれなのだから失礼すぎる…(笑)

その他にも、劇中で独特な雰囲気をだしているマルクーゼ教授は実在したマルクス主義学者のヘルベルト・マルクーゼからとられていたり、登場する掃除機はフーバー社製で共産主義者たちを「吸い上げた」フーバー大統領への言及になっていたり、ゴシップ記者は実在したヘッダ・ホッパーをモデルにしていたり、名前がそもそもややこしいローレンツ監督の見た目はジュディ・ガーランドと結婚して「恋の手ほどき」で知られるヴィンセント・ミネリに似ていたり、マカロニ・ウェスタンへのビジュアルな言及があったりと、膨大な過ぎ去りし映画産業への言及が行われています。

それらを知らないと楽しめないわけではありません。僕も全部見終わってから調べてますし(笑)しかし少しだけこれらの人物の人となりを知っているだけで、急に映画のなかの人物たちが美点や欠点をそなえた人間として浮き上がってくるような気がします。

ああ楽しいなあ。そして素晴らしい映画もくだらない映画もたくさんあったなあという気持ちが蘇ります。

全編、Adobe Premiere Pro CC で編集された映画

今回のこの映画がなぜ Adobe の記者発表で行われたかというと、全編が Adobe クリエティブ・クラウドに含まれる Premiere Pro CC で編集されているからです。

35mm フィルムで撮影され、デジタルにとりこまれて特殊撮影を混ぜ込みながら編集するようすは、昔ながらの映画と現在の手法の融合で映像的にも豊かです。このあたりについてはメイキングも含めて Lifehacking.jp のこちらの記事で紹介しましたのでぜひ御覧ください。

「ヘイル・シーザー!」日本での上映は 5/13 からですので、大映画時代へのオマージュを最大限感じるためにも、ぜひスクリーンで御覧ください。