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文芸

「私たちがリストを作るのは、死を逃れるためだ」ウンベルト・エーコの語る、文化を作る所作について

イタリアの記号論学者にして、ベストセラーの小説家でもあるウンベルト・エーコ氏が亡くなったとの報が伝えられました。全世界で数多くのファンがいたために、多くの人がメディアで、ネット上で弔意を示しているのを、私は今日一日みていました。

私自身もウンベルト・エーコ氏の大ファンで、学生時代に「薔薇の名前」で衝撃をうけ、「物語における読者」でテクスト論に目を開かされ、隠れた名著といわれる「『バラの名前』覚書」でポストモダニズムについての導きを受けて、「小説の森散策」で小説の楽しみ方を学んできただけに、今日は一日気分が沈んでなりませんでした。

2009年に、エーコはルーヴル美術館において展覧会を企画しました。そのテーマは多少奇妙で「リストについて」でした。箇条書きのあの、リストです。「フーコーの振り子」の読者ならばニヤリとするかもしれませんが、どうしてリストなのか。それに答えたシュピーゲルのインタビューがありました。そこにエーコ一流の人生観をみることができます。

リストは、文化そのもの

エーコは自分の主張が過剰で、勢いよく水を注いだコップから水が漏れるのを構わないいたずらっぽさを含めながら、「リストとは文化そのものだ」と表現します。

The list is the origin of culture. It’s part of the history of art and literature. What does culture want? To make infinity comprehensible. It also wants to create order — not always, but often. And how, as a human being, does one face infinity? How does one attempt to grasp the incomprehensible? Through lists, through catalogs, through collections in museums and through encyclopedias and dictionaries.

リストとは文化の源なのだ。それは芸術と文芸の歴史の一部でもある。文化は何を欲していると思う? それは無限を理解可能にすることだ。そして秩序をつくろうと欲する。いつもではないが、だいたいにおいてはそうだ。そして人間として無限に向き合ったとき、私たちはどうすると思う? 理解し難いものを前にした時、どうやってそれを把握すると思う? もちろんリストを作り、目録を作り、博物館のコレクションを作り、辞典や辞書をつくろうとするのさ。

エーコは、定義によって知識を完全なものにしようとするやり方をここで批判しています。定義は不完全で、常に定義されたものからディテールが漏れてしまう。あるいは定義を逃れるように事物は変化してしまう。だから、その特徴を羅列するほうが、本質に迫るのだといいます。

彼は現在の Google 的な世界観に対しても、危機感をもっていました。一見、Google こそは世界のすべての情報をリストにして提供する至高の存在に見えます。しかしそこにも、リストの欺きを彼は見て取ります。

Yes, in the case of Google, both things do converge. Google makes a list, but the minute I look at my Google-generated list, it has already changed. These lists can be dangerous — not for old people like me, who have acquired their knowledge in another way, but for young people, for whom Google is a tragedy. Schools ought to teach the high art of how to be discriminating.

Googleにおいては秩序とその破壊が共存する。Googleはリストを作って私にみせてくれる。でもそれを見る頃には、本質はそこから逃れてしまうのだ。こういった場合、リストは危険でありうる。私のような、知識を別のところから手に入れた年寄りはまだいいだろう。でも若い人々にとっては、Googleは悲劇となりうる。学校は、もっと差別化をするという芸術を教えるべきだろう。

これは、Googleの検索結果が正しいのか、正しくないのかという程度のことを超えた、微妙な問題を扱った言葉です。

むしろ、その検索結果を「正しい」と評価する仕方はどのように担保されるのかという質問を投げかけているのです。そしてGoogleの結果に対して私たち人間の側で裁定をできないのなら、機械仕掛けのリストは知性にとって大変危険なものとなるだろうという指摘でもあります。

正しいか正しくないかを最後に決めるのは私たちです。結果的にはそれは誤解を含んだり、過誤に陥ったり、偏っていても、それでも知の審判者は人間であるべきだということでもあるのです。

死を恐れるからこそ、私たちはリストをつくる

シュピーゲルのインタビューはなかなか鋭く、リストは秩序をうみだすといったのに、アナーキーさも生み出すのかと、エーコ氏の残した曖昧さを突いているので興味深く読むことができます。そして最後には「あなたの好きなリストはなんですか?」と巧妙な罠も仕掛けます。でもエーコ先生はそれにひっかかりません。

I would be a fool to answer that; it would mean pinning myself down. I was fascinated with Stendhal at 13 and with Thomas Mann at 15 and, at 16, I loved Chopin. Then I spent my life getting to know the rest. Right now, Chopin is at the very top once again. If you interact with things in your life, everything is constantly changing. And if nothing changes, you’re an idiot.

それに答えるようなら私は愚か者になってしまうだろう。そんなことをしたら、私は自分自身をはりつけにして押さえつけてしまうことになる。私は13歳でスタンダールに、15歳でトーマス・マンに魅せられ、16歳でショパンを愛するようになった。そして残りの人生はすべて他のものを学んで過ごした。いまは、ショパンがまたトップにいる。人生とふれあうなら、すべては常に変わるのだ。そしてなにも変わらないようなら、その人はばか者だ。

ちゃっかり答えているところがエーコ先生らしいといえばらしい(笑)と同時に、リストとは変幻自在な世界の複雑さを扱いやすくするためのメタファーで、それを意識することが世界を意識することだという真理の一端も覗かせています。

そんないつまでも終わらない作業であるとわかっていて、なぜ我々はリストをなぜ作るのでしょうか? エーコ先生は詩的な答えを用意しています。

How does a person feel when looking at the sky? He thinks that he doesn’t have enough tongues to describe what he sees. Nevertheless, people have never stopping describing the sky, simply listing what they see. (中略)We have a limit, a very discouraging, humiliating limit: death. That’s why we like all the things that we assume have no limits and, therefore, no end. It’s a way of escaping thoughts about death. We like lists because we don’t want to die.

空をみるとき、人はどんな気分になるだろうか? 彼はきっと、目にしているものの素晴らしさが筆舌に尽くしがたいと思うことだろう。しかしそれでも、私たちは見たものを描写せずにはいられない。(中略)私たちには、限界がある。実に落胆させられる、屈辱的な限界で、それは死なのだ。だからこそ、私たちは見かけのうえで際限がなく、それゆえに果てしのないものを好ましく思わずにいられない。それは死をまぬがれる一つの方法なのだ。私たちがリストを好ましく思う理由、それは私たちが死にたくはないからだ。

どこまでが本気で、どこからが冗談かわからないこんな言葉を残して、エーコ先生はその空の彼方へと、無限へと、旅立ってしまいました。

残された私たちはどうすればいいのでしょう。

文化の残照を指折り数えることしかできないのでしょうか。それとも、新しい文化を、知識の迷宮を、やがては名前しか残らないと承知のうえで、それでもならべてゆけるのでしょうか。

エーコをこれから読んでみたいという人へ

ウンベルト・エーコをこれから読んでみたいという方は、素直に「薔薇の名前」から読み始めるのでよいでしょう。中世修道院に関する難しい記述が最初の100ページほど続きますが、ここは作品のペースを生み出す通過儀礼ですので、ここを越えると興奮するサスペンスと推理の世界がまっています。驚愕の最後も、たのしみに。

本とはまったく違う印象を残しますが、ショーン・コネリー主演、ジャン=ジャック・アノー監督による映画も、おすすめです。評価は割れていて必ずしも高くはないのですが、私はとても好きです。

エーコの思想に触れたい人は「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」をぜひ。そしてこうしたものがたまらないというのならば、「物語における読者」や「美の歴史」に進んでもよいでしょう。

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About the author

堀 正岳

堀 E. 正岳。2011年アルファブロガー・アワード受賞。Evernote ライフスタイルアンバサダー。ScanSnapアンバサダー。この他のブログに、Lifehacking.jpClimate+を運営しています。

著書に「理系のためのクラウド知的生産術」」(講談社ブルーバックス)、「Evernoteオールインワンガイド」(インプレス・共著)、「iPhone習慣術」(インプレス・共著)、「モレスキン 「伝説のノート」活用術」(ダイヤモンド・共著)、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)

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