neuromancer
文芸

ニューロマンサーはこう書かれた。弱気な作者による回想の心強さ

Boing Boing 経由で少し前に書かれた Guardian紙の記事、「ニューロマンサーはこう書かれた」を読みました。

ウィリアム・ギブソン本人による、当時の回想が、なんらかの創作をするひとにとって心の底から理解できる不安と、心細さと、それを受け止めて仕事をするという選び取りについて教えてくれます。

駆け出し作家の、不安な船出

当時のウィリアム・ギブソン氏は34歳、すでに結婚していて子供が生まれたばかり。最近大学を英文学の学士号ともに卒業したばかりで、Omni 紙に少し寄稿した短編があったくらいでした。

この Omni 紙の短編が思いのほか高報酬だったのに驚いて、ニューヨークに編集者を訪れたこともあるということですが、その後数本の短編を経て、いきなり長編をひとつ書いてみてはどうかと依頼を受けます。

Neuromancer was a commissioned work. I have no idea how many years it might have taken, otherwise, before I produced a novel on spec. Had you asked me at the time of commission, I would have told you 10, but then again, it might never have happened. Careers are odd, that way. (Careers are nothing but odd.)

ニューロマンサーは依頼された仕事だったんだ。そうでなければ何年かかったことか。その頃に聞かれたなら、10年と答えただろう。それでも描き上げることはできなかったかもしれない。仕事というのは、不思議な偶然をもたらす(それをいうなら、いつだって、仕事は不思議なものなのだ)。

可笑しいのは、普通ならば、少しでも自分の才能に自信があるならば多少はうぬぼれてもいいようなこの提案にも、氏はどこか怯えてしまっている点です。実際、期限の一年を大幅にこえて18ヶ月で原稿を送った際には、きっとこれは売れないと確信していました。

My fantasy of success, then, was that my book, once it had been met with the hostile or indifferent stares I expected, would go out of print. Then, yellowing fragrantly on the SF shelves of secondhand book shops, it might voyage forward, up the time-stream, into some vaguely distant era in which a tiny coterie of esoterics, in London perhaps, or Paris, would seize upon it

私にとっての「成功」の夢は、まあ期待通りの厳しい批判や無関心のあとで、これが絶版になり、そして書店のSF棚のうえで香り高くページが黄ばんでゆきながら未来に旅をして、ロンドンか、あるいはパリでもいいのだが、秘密の同志によって発見されるということだった

「ああ、きっとそうなることだろう」そうつぶやきながら、それでも彼は毎日、Hermes 2000 タイプライターに向かって言葉の弾丸を撃ち続けたのでした。

期待値の低さからやってくる自由

よく私たちは、強い自己肯定感とともに、自信をもって何事かを成し遂げることができる人に憧れ、そうあるべきだと思いがちです。しかし結果からみるなら、出来上がった作品の側から見るなら、それはどちらでもよいことなのです。そして著者のなかの期待値の低さは、ある種の自由をもたらすと氏は続けます。

But in low expectations lay a sort of freedom, and in fear (fear simply of never completing the thing, most of all) a brutish but workable self-goad. I would write, then, to the audience I imagined in the future of my discovery by friendly if unimaginable forces, and to them alone. A message in a bottle. It only mattered that I get it as right as I possibly could for them, while using everything I had accumulated, over my then 34 years, that would fit. And that I leave it, as bicycle racers say of the home stretch, on the road.

期待していないということは自由に近いものを与えてくれる。そして恐れを抱いている(作品を完成できないのではないかという恐怖がそのなかでも最大だが)ことは、自分を駆り立てる粗野な突き棒にもなってくれる。しかたなく私は書く。不可思議な力で遠い未来に発見してくれるであろう読者へ、その読者たちだけのだめに。瓶に詰めて海に流したメッセージのように。彼らのために、可能な限りそれを正しい形で表現して届けること。それだけが重要となった。私が34年間に蓄えたなけなしの経験のすべてを投入して、あとは自転車レースの選手たちが最後の直線コースについてそういうように、結果だけを残して去るべきなのだと。

小説を完成させるたび、ギブソン氏は、印刷された分厚い紙の山をみて「いったい、俺はなにをしでかしたのだろう」と思うそうです。

もし、彼が途中で諦めていたなら、サイバーパンクという分野そのものがここまでは広がらず、その後にやってきた「攻殻機動隊」や「マトリックス」などの作品を生み出す世界観のベースも生まれていなかったかもしれません。そしてどれだけ多くの物語が、批判や無関心の目を向けられることもなくパソコンのハードディスクのなかで死に絶えているのでしょうか。

すべての物語は語られなくてはなりません。願うほどの成功や充実感や喜びもひょっとしたらないかもしれません。でも、語られるべきものを語ること。これが創造的に筆をとった人間が日々闘う、唯一にして最大の障壁なのです。

William Gibson: how I wrote Neuromancer | Boing Boing)

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About the author

堀 正岳

堀 E. 正岳。2011年アルファブロガー・アワード受賞。Evernote ライフスタイルアンバサダー。ScanSnapアンバサダー。この他のブログに、Lifehacking.jpClimate+を運営しています。

著書に「理系のためのクラウド知的生産術」」(講談社ブルーバックス)、「Evernoteオールインワンガイド」(インプレス・共著)、「iPhone習慣術」(インプレス・共著)、「モレスキン 「伝説のノート」活用術」(ダイヤモンド・共著)、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)

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