[情報カードの冒険] 読書を効果的にする、記録のしかたについて悩む

最近、イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読んでいます。

再読ですが、この本はなかなかに曲者で、開国期の日本についてもう私たちが忘れ去っていること、私個人が知らないことというものが膨大にあることを前提として、バードが外国人の立場でそれを記録している、つまりは彼女自身目にしているものの重みを日本人的に解釈していたわけではないという偏光レンズが二重にかかった構造をもっています。これが面白い。

そこら中に日本人について体格が醜い、部屋が蚤だらけで汚い、騒々しいという悪意のない素直な描写がされていて、それが彼女が驚嘆する日本の美しさとあいまっていて失われた時への憧憬を感じさせてやみません。

読書体験をどう記録するか

ところでこうした読書体験、特に旅行記のように大枠の流れだけではなくディテールにも面白さが随所に隠されている体験についてそれをあとで忘れないようにするための工夫はなかなかに難しいものがあります。

知らなかったこと、膝を打ったところ、くすりとしたところ、あとで引用したいので覚えておきたい箇所は膨大な数にのぼりますが、それをいちいちメモしていては読書が進みません。読書が仕事ならよかったのですが、最近の私に許されているのはせいぜい小一時間、ひどい時には数分程度です。

以前なら情報カードにさまざまなことを書き留めていたのですが、それをすべてやれるほどの余裕はもうありません。ではスマートフォンで写真を撮影すればいいかというとそうもいきません。面白いと思った場所を残すのに、原文そのままではやはり機能しないのです。

引用をして、それにこういうふうに面白かったと付け加えて、情報のパッケージにするのに時間にして数分。あまり調子にのっていてはなかなか先に進みません。

結局、バードについては「第◯信」手紙の形式になっていますのでそれぞれについてどこにいたのか、何がフィーチャーされていたのかをメモするマクロのメモと、どうしても記録したいミクロな箇所をとるというバランスになります。たとえば上のカードは栃木の宿屋で隣室の人々が深夜に湯をかけあう乱痴気さわぎをしていたというシーンについて。まじか。どういう遊びなんだ。

ささいな記憶をうしないたくない

でも、こうしたエピソード的なものはまだましです。意外に失いたくないのは、車夫たちが疲れていても荷物とともに9時間で30マイルを踏破したといった事実や、茶屋では常に冷や飯が用意してあってお湯で温めて食べるといったこと、あるいは労働者たちが衣類のかわりに刺青をしているといったあとで調べたほうがよさそうな異なった視点です。

どうしても文章にしていては時間がいくらあってもたりませんのでEvernoteのなかに追記する形で「第6信、栃木、宿屋、木枕」といった具合にキーワードばかりが羅列されていきます。あとでこのキーワードで私が「あのエピソードか」とはっと気づくことを期待して。

情報カードというのは隠喩です。経験として獲得される知識や発想の最少の原子的単位としての隠喩。そしてそれは本によって記録のしかたを変えて、やがて来るかもしれない振り返りにむけて最適化しておく必要があります。

でもあとで何が必要になるかわからずに、あらかじめそれをするのは、限られた時間のなかでは難しいバランスの曲芸です。なにを、どこまで、どんなふうに記録する?

忘却と戦う、これが情報カードの冒険なのです。

(付記)

平凡社のはとても読みやすく、いつまでも読んでいたいほど心地よいのでおすすめです。漫画はまだ読んでいないのですが、レビューをみたところ忠実に「日本奥地紀行」にのっとった描写をしているみたいで好感がもてます、これもそのうち読んでみることにします。

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