知的に生きるヒント

無限の配管に恋をする、Sacco Fujishimaさん個展

つくばセンター発、東京駅八重洲北口行きの高速バスは、必ず左側の席に座るようにしていました。

それはつくばエクスプレスが開通するよりも以前のこと、まだあの学園都市が陸の孤島も同然だった頃のことです。どこまでも続く水田を横目に常磐高速道を走り、三郷インターを抜けたあたりで楽しみにしているのが、当時はまだ名前も知らなかった埼玉県中川水循環センターのそそり立つ姿です。

夕焼けや夜景を背景に配管と鋼鉄が踊っているようなその姿は、いつみても異様で、目を引きつけてやまないものでした。そんな、隠れた楽しみをもっているのは自分だけだろうと思っていたら、意外なほど大勢の人がそうした工場や配管の魅力にとりつかれていたというのは、「工場萌え」という言葉が定着した通り、もう周知の事実です。

しかし、いつでも見ることができないという特性があるだけに、この配管や工場の魅力というのは今でも場所やシチュエーションとの出会いと切り離せない分野です。

そんな折、ブログ「みたいもん!」のいしたにさんから配管や工場をテーマに活躍されているアーチスト SaccoFujishimaさん(@sacco395)の話題がやってきました。

目の肥えた工場萌えを次々に魅了するSacco Fujishimaの個展が渋谷「くるくる Global Hub」で開催中 | みたいもん!

これは見に行かねば、ということで会期中になんとか時間を見つけて行ってきました。

空間を埋める、意味と無意味

配管はそもそも高度な化学的な目的を持って作られた、意味を持つ集合体です。石油の精製なら温度に従ったさまざまな石油製品の精製が、水質管理なら汚泥の焼却から水の濾過まで、さまざまな用途でそれは作られています。

しかし素人目には、もはやそれは空間を埋める管の塊にしか見えず、意味をほとんど喪失しているところに不思議な魅力があります。

冒頭の作品はまさにそうした空間を埋め尽くしている工場の広がりが魅力となっているのですが、よくよくみると奥の部分はパースのとれた遠近法で描かれているのに、前面の部分は古代エジプトの神話の絵であるかのようにどこか平面的です。

作者のSaccoさんにうかがうとこれは意図的で、すべてを遠近法的に描くと単調になるのを避けるために、前景は向こう側を覗きこむための柵のように機能しているのだということです。

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まるで集積回路のような配管が散りばめられたインスタレーション。どれか一つに吸い込まれるのもよし、全体をみて作品のない場所に想像を広げるもよし。

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配管の奥に配管の奥に配管があって結局奥が見通せないというのは現実だと不安な感じがするのですが、このポップな色使いだと華やかで楽しげですらありますね。

今回特に楽しかったのは、こうした配置による印象の違いについて体感することができた点です。現代アートでなかなか入りづらいのがインスタレーションだと思いますが、Saccoさんの作品は現実の「配管」との対応からひも解きやすくなっています。

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たとえばこちらは、スウェーデンにおいて展示された作品だそうですが、それぞれの配管のパーツに「心臓」「大腸」「肺」といったように消化器・循環器系の名称が与えられています。配管と内蔵、まあ、わかりやすい類推ですよね?

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でもこうして配置が変わってみると、とたんに先ほどの作品への確信が揺らぎ始めます。配管で表した人体…で良かったんだよね? 違う?

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同じ作品の、SEARTというスウェーデンのギャラリーでの展示がこちら。愉快なことにここは部屋の片面が鏡張りのうえに、その鏡の中央に向こう側の部屋に向かって繰り抜かれた空間があります。見ているものが反射であるのか、そうでないのか、混乱する仕掛けになっているのです。

こうなると作品が二つに増えたり、通り過ぎたはずのものが前方に再び現れたりということが生じます。配管をこういう場所に置くと、スタート地点として存在した意味が拡散していきます。これは楽しい。

今回展示されていたインスタレーションも同じように作品のある場所とそうでない場所の対比でみるという訓練になりました。しかも、展示場所にあわせていくらでも配置は変えられるわけですから同じものをもう一度見に行っても印象が違うわけです。

しかも、いしたにさんのブログ記事にもありましたが、今回の会場自体が配管がむき出しになっている場所で、そういう意味でも作品と会場との相互作用を(偶然のそれも含めて)想像して楽しめました。

私のように現代アートになかなか入り込めないというひとも、作品が会場とシチュエーションとの相互作用で成り立っていることを念頭に見に行くと楽しさを発見するきっかけになるのではないかと。ああ、つまりは工場との出会いとおなじですし、そういえばすべての美しさって普段は偶然発見するのだった。そんな簡単なことも忘れていました。

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というわけで、小さな会場での小さな個展でしたが、今回はとても楽しませていただきました。作者がそこにいてお話できたのも良かったです。きけば、現在筑波大学芸術専門学群の修士でいらっしゃるとのこと。たいした修士もいたものだと感心するとともに、三郷のあの風景いいですよねと、共通の話題もみつけることができました。

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ちょうど本業とかかわりのある文脈で読み解くことのできる作品が販売されていましたので、さくっと購入。

配管の凝縮した美しさに魅せられたSacco Fujishimaさんの作品、残念ながら今回の個展は終了してしまったのですが、近くニューヨークでも展示をされるとのこと。ぜひ大きく羽ばたいて国内でもまた開催していただきたいと思います。

楽しい時間をありがとうございました!

Sacco Fujishima (http://saccofujishima.com/